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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)313号 決定

再抗告人

名鉄不動産株式会社

右代表者

磯部稔

右代理人

高澤嘉昭

林伸夫

相手方

木村治

主文

原決定を取消す。

相手方の即時抗告を棄却する。

理由

本件再抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。」というのであり、その理由は、別紙再抗告状記載のとおりである。

よつて検討するに、本件記録によれば、相手方は、昭和五七年三月九日再抗告人から買受けた京都市上京区所在のマンション(以下「本件物件」という。)に漏水、悪臭等の瑕疵があることを理由として、再抗告人に対し九〇万円の損害賠償を求める訴えを鎌倉簡易裁判所に提起したこと、再抗告人と相手方との本件物件に係る売買契約書には「この契約について争いを生じたときには、本件物件所在地の裁判所をもつて管轄裁判所とすることをあらかじめ合意する。」と約定されていること、再抗告人の移送申立てにより同裁判所は、昭和五九年五月七日右合意管轄の定めを専属的合意管轄の趣旨と解し、本件本案事件を京都簡易裁判所に移送する旨の決定をしたこと、相手方の即時抗告申立てに対し原審は、同年六月一日右合意管轄の定めを付加的合意管轄の趣旨と解し、原決定を取り消し、右移送の申立てを却下する旨の決定をしたことが認められる。

ところで、本件物件のような住宅の売買においては物件の性状等をめぐつて紛争ないし抗弁が生じやすいから、一般的にみて物件所在地の裁判所で審理・裁判することは訴訟経済に適するし、一方買主も当該住宅に住所又は居所を定めるのが通常であり、または少くとも管理行為はするわけであるから、その売買契約について生じた紛争を物件所在地の裁判所を管轄裁判所として審理・裁判することは一般的にみて当事者の便宜にも適し、特に一般買主の特別の不利益において売主の有利を来たすものとはいえない。

したがつて、本件のような物件の売買において特に前示のような約定をすることは、通常契約当事者双方にとつて合理的であるから、当事者の意思を合理的に解釈すれば、本件物件の売買契約から生ずる紛争は、もつぱら本件物件所在地の裁判所を管轄裁判所とすることを約定したものと解すべきである。そうすると、本件の合意管轄の約定は、専属的合意管轄の定めというべきであるから、これを付加的合意管轄の定めと解釈した原決定は相当でない。

よつて、原決定は違法であり、本件再抗告の申立ては理由があるから、原決定を取り消し、相手方の即時抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(小堀勇 吉野衛 時岡泰)

〔再抗告の理由〕

一、横浜地方裁判所の原決定は、経験則違反であり、かつ民事訴訟法第二五条、第三〇条第一項の解釈及び適用を誤るものであり、決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

二、本件は売買契約対象物件の瑕疵に基く損害賠償請求事件であることは原決定認定のとおりである。そして本件売買契約に関して本件物件所在地を管轄する裁判所を合意管轄裁判所とする旨の合意が存在することも原決定の認定するところである。しかしながら、原決定は右合意を付加的管轄の合意であると認定するが、「……本物件所在地の裁判所をも管轄裁判所とする」と合意されたのならいざ知らず、そうでなく本件契約書の記載の如く「本物件所在地の裁判所をもつて管轄裁判所とする」旨の合意は経験則上当然専属的管轄の合意であると認定すべきである。して見れば、民事訴訟法第二五条に基き本件については京都簡易裁判所を専属的合意管轄裁判所とされたものと認定すべきであり、鎌倉簡易裁判所へ提起された本件請求事件は同法第三〇条第一項により当然京都簡易裁判所へ移送されるべきものである。

三、第二に、仮に本件合意が専属的管轄の合意であるものと認められないとしても、原決定は本契約に基因する請求全般について京都簡易裁判所を専属的管轄とする合意が無かつたものと結論付けている点において論理の飛躍がある。即ち、「売買代金の請求、本件物件の引渡請求等であつて、本件物件の性状等と何ら関りのない請求のすべてについて法定管轄権の裁判所の管轄を排除して、本件物件所在地の管轄裁判所の管轄とすることは極めて不合理であり、……」と判断しているが、少なくとも、次項以降にも述べるとおり、「本件物件の性状」の関りのある請求については、再抗告人の合意によつて得ようとする管轄の利益は合理的であり、相手方に対しても無理強いをするものではないのであるから、この限度で、本合意が専属的であると解すべきである。そもそも、管轄の合意の解釈に際しては、当事者の合意的意思を基準とせねばならぬことは論を待つまでもないが、原決定のように、合意が専属的か、付加的であるか択一的に判断する必要はなく、否、そのように解することは、当事者の意思から遊離する危険すらあり、有害である。当事者の意思を合理的に分析すれば、一定の請求権については、合意が専属的管轄を定める趣旨であり、他の場合には、付加的とすると言うことは当然考えられる(判例上、散見される「合意による裁判所が、法定管轄権を有するものであれば専属的なものとし、その他の場合は付加的合意」との基準によつても、例えば、約款上、「売主甲の本社所在地を管轄する裁判所」が管轄裁判所とされていた場合、甲を被告として目的物の引渡請求をするときは、これが専属的なものとなり(民訴法第四条)、他方、甲が原告として売買代金の請求をするときは、必ずしも専属的でないことからも、請求権毎に、合意が専属的か付加的か異なり得ることは認められる筈である。)。本件請求は本件物件の瑕疵を理由とする損害賠償請求であり、正に「本件物件の性状」そのものに関する請求であり、本件請求については専属的管轄の合意であると認定すべきことになる。原決定は「本件物件の性状等に関わりのある請求については専属的管轄の合意であるとすべきである」かのように述べながら、結果的には「本件物件の性状等に関わる」本件請求につき、専属的管轄の合意を認めなかつたのは、理由齟齬の違法があると断定すべきである。

四、相手方は本件売買決済時において本件物件の登記名義人を個人名にするか、相手方が代表者である株式会社名義にするか未決定であるので、暫く再抗告人の名義にしておいて欲しいと言つたまま、再抗告人の再三にわたる催告にもかかわらず、今日に至るも、右移記名義変更を為そうとはしない。この間再抗告人は相手方の負担すべき固定資産税を支払つて来たが、相手方は再抗告人によるこの精算請求にも応じようとはしない。又、相手方は本件物件の管理費についても一切支払つてはいない。再抗告人は相手方に対し登記受領および固定資産税立替金支払の反訴を提起する予定であるが、右登記受領請求については、付加的管轄の合意の有無にかかわらず、民訴法第一七条により、不動産所有地、つまり京都市に管轄がある。つまり、本件請求につき本件物件所在地は当初より潜在的には管轄地であると言える。そのことは乙第一号証の契約書における管轄の合意に関する解釈についても充分配慮されるべき事柄である。

五、本件請求は本件売買物件の瑕疵、具体的には漏水、悪臭等を理由とするものであるが、裁判所及び訴訟当事者が本件物件に赴きこれを検証する必要がある。むしろ、本件訴訟の焦点は本件物件の瑕疵(原決定の表現によれば、「本件物件の性状」)如何に集約される。鑑定人に鑑定させるにしても、本件物件所在地の鑑定人に鑑定させるのが、訴訟経済にも適し、かつ訴訟促進に繋がる。そのためには、本件物件所在地の裁判所が本件を審理するのが、最適である。

六、相手方は京都へ定期的に頻繁に来て、本件物件において家族共々一定期間生活している。本件物件は相手方の準住所であり、少なくとも居所である。本件訴訟を京都簡裁で行うことになつても、相手方自身に余り支障はないものと思われる。一方、再抗告人は鎌倉簡易裁判所所在地の鎌倉とは何の関係もなく、同裁判所で本件が審理されるとなると、担当者や関係者を同地へ派遣しなければならず、経済的にも時間的にも多大の損害を蒙る。

七、なお、仮に本件合意が付加的管轄の合意であつたとしても、民訴法第三一条の移送理由に相当する事案である。

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